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戦国武将・真田幸村(真田信繁)についてのあれこれ情報

真田幸村の3つの名言が意味する戦国武将として人気の理由

名言

戦国時代を代表する武将の一人、真田幸村。
敵味方から「日の本一の兵」と大賛辞を受けた大変人気のある人物です。

一体、真田幸村のどこに人々は惹かれるのでしょうか。
華々しい最期と共に、彼の人生を彩る数々の”名言”にその人気の秘密が隠されていました!

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【名言その1】関東勢百万も候へ、男は1人もいなく候

「関東の兵は数多くいるが、男と呼べるほどの人物は一人もいない」という意味の名言です。

この言葉が発せられたのは乱世が収束しつつある慶長20年、戦国最期の大戦が行われた大坂夏の陣の際に行われた戦いの一つ『誉田の戦い』での事です。

ちゃんばら

膨大な報酬が約束された徳川家康ではなく、恩義を尽くして豊臣に味方した真田幸村は撤退する豊臣軍の殿(しんがり)を務めています。
殿(しんがり)とは撤退する味方の盾となり、一人でも多く味方を撤退させる言わば決死の役割!

伊達政宗をはじめとした大軍に立ちふさがり、見事味方の撤退を成し遂げた際に放ったのがこの名言なのです。

目先の報酬に惑わされず、「真の武士の精神こそ一番」と考えていたからこそ言える、武将・真田幸村らしい言葉ではないでしょうか。

【名言その2】定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候

「今は乱世の為、明日自分がどうなるかわかりません」という意味が込められた名言。

真田幸村の最後の戦いとなる『大坂夏の陣』の直前、血縁にあたる小山田茂誠(おやまだしげまさ)に送った書状に書かれていたものです。

書状

決戦を前に決意を述べていると伺える内容ですが、自分が味方している豊臣方が劣勢であり、厳しい戦いになることを冷静に判断していたともとれる一文です。
武将として、戦況を見抜く力を伺える言葉ですね。

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【名言その3】恩義を忘れ、私欲を貪り、人と呼べるか

「受けた恩よりも、金や身分などの欲に溺れる者は果たして人と呼べるだろうか」という有名な名言です。

これは『関ヶ原の戦い』で真田家が西軍につくか東軍につくかの決断を迫られた際に、真田幸村が発したとされる言葉です。

小判

真田幸村は豊臣秀吉に大変可愛がられており、その事をとても感謝していました。
そんな彼を莫大な報酬で味方に付けようとした東軍から誘いを受けますが、「豊臣には返すべき恩がある!」としてその誘いを断っています。

結果、真田家は幸村の兄が東軍に、父と幸村が西軍に付くことになりました。

まとめ

どの言葉も私利私欲ではなく、恩や義を大切にする”武士道”を貫き通した真田幸村の生き方が明確に現れているのがよく分かります。

そんな戦国武将としての真田幸村の姿に、多くの人を惹きつけて止まない魅力がきっと込められているのでしょう。

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      2016/04/09


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