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戦国武将・真田幸村(真田信繁)についてのあれこれ情報

真田幸村ゆかりの地3ヶ所から辿る一人の武将の軌跡

夕日

戦国ファンにとって楽しみの一つが、大好きな武将のゆかりの地を訪れ、当時の空気を感じること。俗に言う「聖地巡礼」です。

もちろん真田幸村ファンなら欠かせない縁深い場所がありますので、いくつかご紹介したいと思います。

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真田幸村が父から戦術を学んだ「上田城」

まず真田幸村が父・昌幸とともに、徳川秀忠(とくがわひでただ)率いる大軍と戦った上田城

上田城は長野県上田市にある、上田盆地の北部に位置しています。
現在は上田城跡公園として存在しており、敷地内には「真田神社」も建てられています。

上田城は真田家が拠点としていた本城であり、ここで数々の奇略が練られました。

また山岳地域に築かれた城ということで、地形を活かした工夫が随所に見られます。
一般的な城とは違い、高層の櫓(やぐら)は備えていませんが、洗練された素敵なお城です。

名将と謳われた父・昌幸の姿から、真田幸村も多くの戦術を学んだことでしょう。

真田幸村が人質時代を過ごした「躑躅ヶ崎館」

真田幸村が幼い次期の多くを過ごしたと思われる躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)
山梨県甲府市に建てられ、現在跡地には武田神社があります。

武田氏に真田氏が仕えていた際、真田幸村は人質として武田氏家中に身柄を置いていました。

当時、躑躅ヶ崎館は武田信玄(たけだしんげん)の本拠地として機能していました。
城ではなく館の形をしていましたが、城に準じた堀や石垣を供えており、その規模は決して小さくありません。

残念ながらその痕跡は殆ど残っていませんが、井戸や堀などは現在も残っています。

武田といえば「赤備え」ですが、成長した真田幸村が同じ赤備えで徳川家康に挑んだのはドラマを感じざるを得ません。

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真田幸村といえば「真田丸」!

大河ドラマのタイトルにもなっている真田丸(さなだまる)

詳細な場所は特定されていませんが、真田丸の痕跡ではないかとされる場所が、大阪府天王寺区にある「真田山町」です。
この地名となっている真田山こそ、真田丸の名残ではないかと言われています。

真田山町にある「三光神社(さんこうじんじゃ)」には、真田丸の抜け穴とされる場所があり、現在は柵で封鎖されてはいますが、その姿を見ることが出来ます。

最後に

ゆかりの地を巡るのにお勧めなのがツアー参加です。
真田幸村ゆかりの地では、ご当地のタクシー会社などが企画したツアーが催されていることがあります。

このようなツアーの場合、各地をわかりやすく解説したマップなどが用意されており、聖地巡礼をより楽しめると思います。

大好きな武将が眺めたであろう風景を同じ場所から見るというのは、感動の一言につきます!

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      2016/04/09


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