さなコレ

戦国武将・真田幸村(真田信繁)についてのあれこれ情報

3ヶ所の真田幸村像が各地ゆかりの姿をしていて面白い!

石像

戦国武将ゆかりの地には、その武将の石像が設置されている事も珍しくありません。

真田幸村も、縁深い場所に石像が設置されており、それぞれの真田幸村像には明確な違いがあります。

今回は、各地に建てられている真田幸村像についてご紹介しましょう。

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「上田市」の馬を駆る雄々しい真田幸村像

一番有名な真田幸村像が、長野県上田市の「上田城跡公園」にあります。

上田市は真田幸村の故郷だとされており、ここの真田幸村象は、若々しく馬を駆る雄々しい姿で作成されています。

馬

真田家ゆかりの地ということもあって、「日の本一の兵」である真田幸村の力強いイメージがひしひしと伝わってきます。

「三光神社」の軍配を振るう真田幸村像

大阪の「三光神社(さんこうじんじゃ)」にも真田幸村像があります。

真田幸村が、世にその名を知らしめる大活躍をした「大坂の陣」の舞台であり、真田幸村が設営した出城「真田丸(さなだまる)」からの抜け道が残っています。

三光神社の真田幸村象は馬には乗っておらず、陣羽織を着込み、軍配を振るっている姿をしています。

軍配

これは、「真田丸」での見事な戦略による活躍を表しているのだと思われます。
おそらく戦う武者というより、知力を尽くす指揮官に近いイメージで作成されたのでしょう。

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「安居神社」の片膝を立て座り込む真田幸村像

同じく大阪の「安居神社(やすいじんじゃ)」にも真田幸村像があり、真田幸村が最期を迎えた場所でもあります。

安居神社の真田幸村像は、片膝を立て座っている姿をしています。

甲冑,鎧,十文字槍

真田幸村は家康本陣突撃が失敗に終わり、撤退。安居神社で休んでいるところを討ち取られました。
この真田幸村像は、最期の真田幸村の姿を映したものだと思われます。

その姿は、戦いに疲れ敗戦濃厚な戦場を見つめているようにも見え、あるいは、立てぬほどに傷ついていても心は折れず、勝つ算段の為に戦場を見つめているようにも見えます。

最後に

ゆかりの形ともいうのでしょうか、それぞれの地での真田幸村の姿、イメージを色濃く表しているところが面白いですね^^

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      2016/04/09


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